御礼 と あとがき と 当時の話

【信長の野望online】マイナーちっくにお届けします 萌黄所属

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こんばんは

ようやくPS3から繋げるようになりましたね
信オン全体としては明るいニュースです。

さて、前回書いた知人登録していいですか?についてですが、
たくさんの方からの拍手とコメントを頂きまして、本当にありがとうございました^^

この時代を知っている人なら、懐かしいなーと思ってもらえたり、
知らない人でもイイ話と思ってもらえたなら嬉しい限りです。

今回はこの話の裏話的な内容です

そこまで興味のある人はあまりいないと思いますが、個人的に書きたいので書かせてくださいマセ。
面白くもなんともない話ですが、少しでも興味ある方はしばしの間お付き合いを。



まず、この話にもしもサブタイトルをつけるとすれば、

昔あった、ちょっと心温まる話

といったところでしょーか。



ただの管理人の昔話なわけだけど、「他の人が見ても心温まるような文章」というのを
意識しながら書いたんです…ハイ


言葉の言い回しや文中の間の取り方なんかは何回もプレビューして手直ししました。
作家なんかはこういうのが自然に上手く書けるでしょうが、
ただの素人なもんで殴り書きだとそりゃまとまりの悪い文章になりますわな(-。-)y-゜゜゜


とゆうわけで、あくまでも一つのエピソードとしての完成度を重視したので、
本筋から逸れてしまうものや、ぐだぐだになってしまう内容のものは極力削りました。


あの続きの話も一度書いたものの、これは完成度を下げてしまうと思ったのでやむなく削除


そんな部分も含めてぐだぐだと・・・



・当時の付与石事情


当時の神職にとって、付与石を作れるようになることは大きな目標でした。
今よりもはるかに修得が大変だったので、付与石が作れるようになったときの嬉しさは
どの神職にとっても相当なものだったはずです。
付与石に限らず、どの職も戦闘・生産ともに修得は大変だったんですけどね^^;
なかでも付与石というのは特に敷居の高い分野でした。


その一番大きな理由は、「原価が高すぎる」ということ。
これは今でも人によってはそう感じるかもしれないですが、
正直比較にならないほどのキツさでした。


当時と今とでは貫の価値が違うわけで、それこそ1円と1ドル以上の差があったので、
とても気軽に作れるものではなかったです。(しかも今より石も宝石も高かった記憶が…)


付与石を20個作るだけでも全財産をかけた大勝負といった感じで、
今で言えば、青や黒金剛を連続で何個も入れるぐらいの感覚かな…(笑)


とはいえ価格もその難易度に合わせて決まってくるので、良いのが出来れば儲けも大きいし
悪かったらまた一からコツコツと採集する生活に戻るといった感じです


ギャンブル性が今よりもずっとあったって感じですね。



・当時の売り子事情


稲葉山最盛期を知ってる人は多いと思いますが、
甲府もまた同じように人が集中した時期があったのですね。(覇王伝での話だけど)
両替前は売り子の大声がたくさん飛びかってました。


作者の銘が入る装備品は多く出回ればそれで有名になりますが、
付与石は銘が入らない上に「取り付け」という作業があるために、
売り子としての有名な人が現れました。


当時はよく、巫女でキャラつくっときゃよかった>< と思ったものです。
いつも同じ目立つ場所で正座している巫女さんや、
その人が現れると甲府がにわかにざわつきはじめるぐらい有名な巫女さんなど、
独自のカラーを持った売り子がたくさんいました。


中でも記憶に残ってるのは、いつも束帯を着ていた巫女さんと、
いつも鬼女の血染めの千早を着ていた巫女さんです。
束帯の巫女さんは、他の売り子には作れないステの石をいつも売っていて、
千早の巫女さんは、石のステこそ普通ですが値段が安くて人としての魅力もある方でした。
魅力があったというのは自分の想像です


この二人が現れると、一気にその周りに人が集まります。
この時代は「My 売り子」的な人を一方的に知人登録しておくことは
当たり前に行われてたので、現れれば遠くからでも飛んでくるんですね。


そうなると自分なんかは商売あがったりなので早々に店を閉め、
当時はお辞儀などの動作ログを消すことはできなかったので、(もしかしたらできたかも)
その人のお辞儀ログがたくさん流れるのを指をくわえて見てました(-。-)y-゜゜゜



・あの話の続き


快くOKし、こちらも知人登録しますと言いました。


えっ、そこで終わり? と思った方が居たかは分かりませんが、

上でも書いたとおり続きはあるんです クオリティが落ちると思って削除したわけですが。

例えば、こんな続きだったとしたら






それからしばらくして、その人から対話がありました。

「今日で引退することになりました。石を入れてもらった忍者鎧、大切に使ってました。
引退してしまいますが両替商に大事に預けておきます。ありがとうございました、お元気で」

その後、知人欄のその人の名前は二度と白く表示されることはありませんでした。






しかし現実は、そうドラマティックにはならないわけで(-。-)y-゜゜゜
結論としては、普通に親しい知人になりました(’’


自分はいつも時代の流行を追ってましたが、
この人はマッタリとやる人だったので一緒に徒党組むことはあまりないんですが、
何故かリアルの話や相談事など信オンとはあまり関係ない話で盛り上がれる貴重な存在で、
結構年上なのに気軽に話せちゃう人です
初期の頃からやってますが、信オンプレイヤーの平均年齢(31か2だったか)
からみればまだ若いと言えるはず、たぶん、な

一年ほど前から姿を見せなくなってるけど何してるのか(-。-)y-゜゜゜




とまぁ長くなりましたが、

PCの売り子というのは信オンの大きな魅力だったと思います。
時代の流れでPCの売り子では不便になったために楽市の導入は正しかったと思うけど、
少しだけ寂しいな~と当時は思いました。


公式掲示板などを見てると、「無印鯖を作ってほしい」という内容の書き込みも目にしますが、
それはシステム的な意味であったり、当時のまったりとした空気感が好きだった人や
自分のように昔ならではの経験をした人が提案するのかなーと。


でも、現実に無印時代が復活したとしても以前のような空気感は戻ってこないと思うし、
最初こそ懐かしいと感じるかもしれないけどすぐに飽きてしまう気もするような。


多少の思い出補正が入ってるものだし、今は味わえないからこそ
余計に当時の事が良い記憶として残ってるんだと思います。



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この記事へのコメント
こんにちは
私も初期からやっているのですが、とても懐かしく昔の事を思い出して、心がほっこりしました
2011/05/18(水) 12:30 | URL | 群雄民 #-[ 編集]
Re: タイトルなし
群雄民さん、こんにちは~

数少ない初期組仲間ですね^^
ほっこりしてもらえましたか!
伝わるものですね~嬉しいです<(_ _)>
2011/05/18(水) 18:43 | URL | スプーン #-[ 編集]
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